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設計

時代の流れに耐える基礎のある揺るぎない設計

屋台骨を揺るがす という言葉があります。例えば、この間の朝青竜の一連の事件は、日本相撲協会という、伝統と格式をもった、世界に唯一の強固な歴史的建造物のような、大きな組織を激震させました。横綱とそれを巡るピラミッド型の格付け関係こそは、現存する建築の柱と骨組みのようなものですから、様々な事情の是非はともかく、そこが崩れれば全て崩壊しかねないということになります。
時代の変化、新しい時代に対応することが、組織にも人間にも求められていることを象徴するとも思えます。建築物が、老朽化や経常変化しつつ、時代に応じてのリノベーションが必要になるのと同じように。
古い伝統も大事にされなければならないでしょうけれども、常に新しい時代を見越した、未来設計をしっかりとしていかなければなりません。住宅建築のリフォーム設計も、横綱のようにどっしりと揺るぎない、未来を見据えた、細かな欠陥も許さない緻密で、安心して定住できる設計であってほしいですね。

ヨーロッパ伝統的建築と景観の調和を感じる

私が嘗て、仕事でヨーロッパに行った時、最初に降りた地はドイツだったのですが、飛行機が空港に滑降していくときに、まず郊外の田園地帯の村落が眼下に入ってきて、その家々の建築の落ち着いた色彩トーンの統一感に驚きました。まるで総合プロデューサーによって演出されたデザイン設計されたように、各家々は、バラバラでもシックな色調で全体に、そして周囲の自然の景観に調和していました。法的な規制、例えば景観条例のようなものもあるのかもしれません。でも人々の暮らしの中に根付いたそのような独特の景観を自然に大事にする意識なくして、新築の建築物にも息づいている伝統性の保持はできないのではないでしょうか。このような環境に育った人は、自然に色彩感覚が身についているのでは、とさえ感じてしまいました。もちろん、日本には日本の良さもあります。古い伝統性も、近代的な高層ビルや、混然としたバイタリティも。でも、なにかそれとは違うヨーロッパの建築風土、人々の感覚の、日本にはない良さなんてものも感じてしまいました。

走る人々と歴史的建築の重み

皇居の周りは、いまや大衆的なジョギングコースとなっていて、男女問わず、年齢も幅広い人々、本格的なアスリートから、ダイエットや成人病予防のためにとか、無理せず自分のペースで、数人で連れ立って楽しそうに、あるいは一人黙々と。それぞれに思い思いの動機から、早朝からお昼休み、夕暮れ時にかけても走る人の姿があります。

私はとても走るほどの体力に自信と積極さを持てないでいるので、走る人とすれ違いながら、せめて邪魔にはならないように脇に寄って、ゆっくり散策するだけですが。なにげなく眺めているだけで、人それぞれの人生がある、という感じがして面白いです。確固たる人生設計をもって一歩一歩走っている方もいれば、余暇の楽しみとして身体を動かすために走るかたや、人間ウォッチングしてしまいます。

それにしても、江戸城として建設された皇居の、その濠と石垣のたたずまい、荘厳なる歴史的建造物の存在感は、このような多様な人々の走る姿の背景としてふさわしいですね。なんという伝統建築の重みと美しさでしょうか?人的なたいへんな工事を要したはずなのに、設計の確かさは驚きですし、不朽のデザイン性の高ささえ感じてしまいます。

欠陥のない人の温もりある住宅設計を 山川設計

不景気ですから懐さびしく、財布の紐を緩めようがないこともありますが、お昼も販売車やコンビニのお弁当やファストフードのようなワンコインでの昼食をすますことが多いし、残業が減って、早めに帰宅できるから、たまには一杯寄って行きたくなっても、なるべく安い居酒屋でささやかな酒宴を同僚と割り勘で酌み交わすなんてことが多いですね。接待や仕事の付き合いで、ちょっとした小料理屋やバー、クラブなんてところにはついぞ入ったこともないです。チェーン店の居酒屋なんかでも、サービス料金でコストパフォーマンス良く気安く呑めたりしますけど、私はやっぱり赤提灯といった、こじんまりしたカウンターだけの女将一人で古くから暖簾をはってる一杯飲み屋みたいな場所が性にあって好きですね。小さくても温もりを感じるような、地味でもお店のオーナーの個性が伝わるような。個人住宅もそうであって欲しいです。欠陥なんてあったら、時代の流れに続かないもの。山川設計も木造建築も手がけているんですね。古いエッセンスを残してかつモダンな人が安心して住める住宅建築を望みたいですね。

伝統性と欠陥なき住宅 山川設計のデザイン性

東京にいても、ただでさえ寒いのに、仕事の出張で新潟に来ています。村上という鮭の街と言われているところで、軒先に鮭を吊るして干してある、老舗の鮭を売る商店が並んでいました。豪雪の中で、古い伝統のある家屋、そして昔ながらの製法での鮭と共に、その堂々とした風格ある味わい、たたずまいには寒さの厳しさを忘れて感激してしまいました。ここはJRの吉永小百合さんのCMでも有名になっていますね。

ともかく寒かったのですが、屋根の雪下ろしするそこに住む人々の大変さ、たくましさも感じましたし、古い木造建築の太い木の柱の強さとしなやかさ、そして温もりさえ感じられ、改めてその良さを見直しました。欠陥だなんてありえませんよね。長い年月の風雪の重みに耐えているわけですから。こういう風土に根ざした、あるいは日本の伝統の流れも汲んだ上でのデザイン性を、山川設計のような現代の先端的な建築設計技術の中にも生かされているものであってほしいと思います。

しかし、塩引き鮭と日本酒は美味しかった。身体も温まりました。

現代技術で欠陥のないデザイン性高い住宅を 山川設計なら

バンクーバーで冬季五輪が開幕しました。開会式のセレモニーが荘厳にも華やかでした。日本勢の活躍も期待されるし、しばらくはテレビ等のニュースが毎日惹きつけられて、多くの感動も届けられるでしょう。開会式会場の建造物も素晴らしいものでした。競技場としての機能性と同時に、セレモニーのパフォーマンスのための、広大でかつ会場に居合わせた全ての人々が一体感を持てるような、そういう空間として計算尽くされた建築設計があるんだろうと考えてしまいます。それは古代のローマ文明の競技場でもあり、同時に照明や音響等の劇場としての機能も併せもち、そしてそれは現代の最先端の技術であったのでしょうから。

個人の住宅も、それは人類の文明の初めからあって、ある意味変わらない、人の生活の営みを安全に守る空間ですが、時代とともに変容しています。山川設計の基本的な姿勢は、現代的な優れたデザイン性と、人の生活の安全性を基本とした、欠陥なき住宅建築ですね。

趣味は 住宅建築ウォッチング

私が住む街は、都内でもローカルな私鉄沿線の駅近くで、古くからある商店の立ち並ぶ賑わうアーケードの通りを外れれば、静かな住宅とアパートの街並みが拡がっています。

週末には、身体を休めながらも、仕事のストレスを離れての心のリフレッシュと、成人病を予防する運動不足の解消のため、近隣をただ歩く、散歩をしながら、タウンウォッチングといいますか、人も車も往来の通りは空いているので、なにげなくも家々を眺めたりするんですよ。

古い築何十年かなと思うような木造住宅から、ちょっとお洒落な新築のデザイン住宅。それにリフォームしたのかな、古い住宅を継ぎ足したような住宅とか。ちょっと変わってるといわれそだけど、どうでもいいような想像を巡らせながら、歩くのもけっこう面白いんです。それに線路の脇の細長い土地や、二股の道の端の三角地に、無理やり建設したような建物、多くは事務所だったり、カウンターの呑み屋さんとかラーメン屋さんとか、よくこんなところに建てたなあ、と感心してしまう一戸建てにぶつかったりして、設計者と家主の工夫と知恵が視えて、興味は尽きないですね。

欠陥のない理想に向かって 山川設計のポリシー

この季節になると冬山の遭難事故の痛ましい報道を聴くことがあります。近年では、中高年の登山者の事故が多いように感じます。

準備不足や、計画そのもの欠陥、無謀性も指摘されたりもしますが、でもその前に、なにもこの寒さ厳しい天候の時期にわざわざそのような危険な場所にまで、到達しようとする人がいるのか?とか、つい余計なお世話かもしれませんが、思ってしまいますけれども。生命の危険を賭けていくわけですから。

天候さえよければ、それはきっとほんとうに素晴らしい自然の景観と、肉体的な疲労を伴っていても得られる達成感とか、経験したものにしか味わえない世界があるから、人を惹きつけるものがあるのでしょう。

周到な準備も計画も必要です。経験を持った人間の判断力も。無謀なことはしない、無理な時は思いとどまる勇気も。

山川設計のポリシーにもほんとうに同じようなことがいえますよね。

登山家がひとつの頂きを目指して登っていくように、住む人の安全で快適で満足できる住宅を目指して、建築設計の地道で確実な一歩一歩を登っていく。困難もありますが、夢に向かっての揺るぎないものであってほしいです。

天災と建築

寒いですね。都市にも先日は夜半に雪が降り積もりました。

都会では、雪が降ると、凍ったアスファルトの道路に足を滑らせての骨折事故の災難に見舞われる人も必ず出るようです。でも、自然災害での遭難事故や、積雪の多い地域での生活上の困難さはもっと過酷なことでしょう。

自然の力ってすごいですね。地域変動による地盤沈下で、家が傾いてきたり、壁や柱がひび割れが起こったりも、TVニュースの特集番組で視たこともあります。

地震や火事のような予期せぬ突発的な事故もあり、なかなか視えにくいけれども、自然のもつ摂理のような、地盤、気候等の条件によって引き起こされる様々な災いを全てふせぎえるような完全な安全性はないのかもしれません。

でも、建築は人間の手によって設計され、作られるものですから。そして生活という、永続性のある空間を維持するためのものなのですから、人為的な欠陥はあってはなりません。

技術的に出来うるかぎり最低の、耐震性、防火性等、対災害への堅牢性は保持されてなければなりません。それが設計から施工までの建築技術に、忘れてはならない倫理性とも言えるでしょう。

丸の内周辺を歩いて 現代建築設計の英知を感じる

東京駅丸の内周辺を歩いていますと

駅の改修工事が行われているだけでなく

しばらく観ないうちに、また新しい高層ビルがオープンしていたりします

まだまだ、この都市の中心部は発展上昇を続けていくのでしょう

しかしながら、駅そのものも旧い建築部分を復活させたり、一部に残しての改修になるらしいですし

周辺でも、旧建造物は外観だけでも残しておくような、旧き良きエッセンスを保存したりあらたに復旧させたり、というような新しい発想の都市開発も考えられているようです。

これも現代の建築設計技術の最先端の粋が、第一線の建築士達の英知と技能が込められているのではないでしょうか。もちろん、対災害、耐震性等の安全性にも、最大限の配慮がされているのでしょう。

外観が良くても、いかにモダンな最先端でも、レトロなテイストを残したシックな外観であっても、中身に欠陥があれば意味はありません。

それは個人の注文住宅にもいえますね。

旧いものと、現代的なものが混在した、魅力ある都市であってほしいものです。

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