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欠陥

時代の流れに耐える基礎のある揺るぎない設計

屋台骨を揺るがす という言葉があります。例えば、この間の朝青竜の一連の事件は、日本相撲協会という、伝統と格式をもった、世界に唯一の強固な歴史的建造物のような、大きな組織を激震させました。横綱とそれを巡るピラミッド型の格付け関係こそは、現存する建築の柱と骨組みのようなものですから、様々な事情の是非はともかく、そこが崩れれば全て崩壊しかねないということになります。
時代の変化、新しい時代に対応することが、組織にも人間にも求められていることを象徴するとも思えます。建築物が、老朽化や経常変化しつつ、時代に応じてのリノベーションが必要になるのと同じように。
古い伝統も大事にされなければならないでしょうけれども、常に新しい時代を見越した、未来設計をしっかりとしていかなければなりません。住宅建築のリフォーム設計も、横綱のようにどっしりと揺るぎない、未来を見据えた、細かな欠陥も許さない緻密で、安心して定住できる設計であってほしいですね。

季節の移り変わりと時代の変遷が求める 欠陥なき住宅建築を目指す山川設計

今日は、昨日から一転して寒いです。予報では、明日以降、雪が降る確立も高いという予報さえあるくらいですから。

こんな日に、仕事でしかも外回りなのはきついですけれど、生来の放浪癖もある私には、アポイントの間の少しの余分の時間、コートの襟を立てながらもブラブラと街を、まだ通ったことのない脇道に曲がって、遠回りをしてみたりします。または、小雨降るような日は、コーヒーショップの窓際の席に着いて、通りを行き交う人々を眺めていたり。街は変わっていきますね。古いものも残っているとしても。

やはりそれは人間の命が老いて、世代交代していくように。自然の時間の大きな流れが新陳代謝をしていくのです。時代に合った、それでいて人の人生にそれぞれの個性があるように、世界の一つの住宅建築であってほしいし、悪徳な人を欺く、見かけだけの欠陥建築なんてとんでもないですから。

個別のデザイン要求に応えてくれて、コスト管理もしてくれる山川設計の姿勢が、まさに今の時代に求められている住宅建築の在りかたです。

自然災害と欠陥住宅と 山川設計のポリシー

今年もはや3月に入りまして、日に日に暖かくはなってきました。でも、まだ寒い日もあって、陽気がいい小春日和のような日があったと思えば、また冬の日の冷えた風に引き戻されたり、この時期、体調を乱しがちな気がします。それにそろそろ花粉が飛散しているのは、毎年この症状に悩まされる私には、鼻がムズムズしてきたり、憂鬱な季節でもあるんです。

それに先日のチリ地震による、津波警報が全国に走ったのは、週末の休日のテレビを賑していたのでリアルタイムに視ていました。幸いにも、国内の被害は些少だったようですが、海外とはいえ、チリでの災害被害の大きさは、神戸大地震のことも想い出されて、いまさら自然災害の恐さを感じました。欠陥住宅建築のような人為的な要因が、その自然災害を助長していたとしたら、許せない犯罪行為といえます。山川設計のように、安全性への問題意識を大前提として、その上でのコスト管理、デザイン性の追及をポリシーにした建築設計がユーザーの求めるものですね。

欠陥のない完璧性と芸術性の調和が理想 山川建設

バンクーバー冬季オリンピックも閉幕しまして、毎日のテレビ速報に注目する興奮の日々は過ぎ去りました。冬のスポーツといっても、アイスホッケーのようなまるで格闘技のような荒々しい競技もあれば、スキーやスケートのようにコンマ何秒を競うスピード感溢れる競技もあるし、最初は妙なゲームにようにさえ思えたカーリングの思わず引き込まれるメンタルな部分もある競技もあって、いろいろな要素でけっこう楽しめると思いました。

なかでも日本中が注目したのはフィギアスケートで、結果についてはここで触れる必要もないでしょう。白熱した選手の演技の争いに興奮、感動もあったのはもちろんですが、採点方法についていささか物議もありました。ミスも欠陥もない完璧な見栄えのいい演技と、些少なミスも欠陥もあれ、肉体の限界に挑戦したような高度な技術に果敢に挑んだ演技。どちらも大観衆とテレビの前で観る者を魅了したのですが、公正なジャッジはどちらを勝者と判定したか?それは、人間なら主観もあって当然ですから、なかなか客観的に誰もが納得できる判断は難しいですね。

山川設計の住宅建築が目指すものもそうでしょうが、欠陥はなくて当たり前で、その上にデザイン性のような芸術性が、トータルでの完璧を目指しての高度な技術が要求されるのでしょうね。

世界に一つのデザイン性と欠陥なき建築を 山川設計なら

若い時から、旅行は好きでした。それもグループや団体旅行はあまり気がすすまなくて、独りで気ままに足の向くままに放浪するような旅が好きで、余裕があればもっと行きたかったですけれど、まあ貧乏学生だったりしましたから、バイトしてお金溜めると、学期末の休みにですね。北海道から日本中、卒業前にはヨーロッパまでケチケチ旅行もしました。今となってはいい想い出、貴重な体験です。それに学生時代は、独り暮らしのアパートを何回も変えて、引越し魔とまで呼ばれていました(笑)。安い物件ばかり捜すから、住んでみてどう考えても欠陥建築だなんて、アパートも少なくありませんでしたけど、それほど気にならない、寝られりゃいいみたいな放浪者の仮の宿みたいな考え方でしたから。定住性が乏しい性分です。

こんな僕でも、いまや家庭があって子供も二人いますから、そうもいってはいられないのだけど、逆に、返って自分の住みかにはこだわりますね。贅沢でなくても、自分だけの世界に一つしかない空間といいますか。素朴でもデザイン性を重視します。山川設計さんはよく相談に乗ってくれましたから、満足しています。

欠陥のない人の温もりある住宅設計を 山川設計

不景気ですから懐さびしく、財布の紐を緩めようがないこともありますが、お昼も販売車やコンビニのお弁当やファストフードのようなワンコインでの昼食をすますことが多いし、残業が減って、早めに帰宅できるから、たまには一杯寄って行きたくなっても、なるべく安い居酒屋でささやかな酒宴を同僚と割り勘で酌み交わすなんてことが多いですね。接待や仕事の付き合いで、ちょっとした小料理屋やバー、クラブなんてところにはついぞ入ったこともないです。チェーン店の居酒屋なんかでも、サービス料金でコストパフォーマンス良く気安く呑めたりしますけど、私はやっぱり赤提灯といった、こじんまりしたカウンターだけの女将一人で古くから暖簾をはってる一杯飲み屋みたいな場所が性にあって好きですね。小さくても温もりを感じるような、地味でもお店のオーナーの個性が伝わるような。個人住宅もそうであって欲しいです。欠陥なんてあったら、時代の流れに続かないもの。山川設計も木造建築も手がけているんですね。古いエッセンスを残してかつモダンな人が安心して住める住宅建築を望みたいですね。

伝統性と欠陥なき住宅 山川設計のデザイン性

東京にいても、ただでさえ寒いのに、仕事の出張で新潟に来ています。村上という鮭の街と言われているところで、軒先に鮭を吊るして干してある、老舗の鮭を売る商店が並んでいました。豪雪の中で、古い伝統のある家屋、そして昔ながらの製法での鮭と共に、その堂々とした風格ある味わい、たたずまいには寒さの厳しさを忘れて感激してしまいました。ここはJRの吉永小百合さんのCMでも有名になっていますね。

ともかく寒かったのですが、屋根の雪下ろしするそこに住む人々の大変さ、たくましさも感じましたし、古い木造建築の太い木の柱の強さとしなやかさ、そして温もりさえ感じられ、改めてその良さを見直しました。欠陥だなんてありえませんよね。長い年月の風雪の重みに耐えているわけですから。こういう風土に根ざした、あるいは日本の伝統の流れも汲んだ上でのデザイン性を、山川設計のような現代の先端的な建築設計技術の中にも生かされているものであってほしいと思います。

しかし、塩引き鮭と日本酒は美味しかった。身体も温まりました。

現代技術で欠陥のないデザイン性高い住宅を 山川設計なら

バンクーバーで冬季五輪が開幕しました。開会式のセレモニーが荘厳にも華やかでした。日本勢の活躍も期待されるし、しばらくはテレビ等のニュースが毎日惹きつけられて、多くの感動も届けられるでしょう。開会式会場の建造物も素晴らしいものでした。競技場としての機能性と同時に、セレモニーのパフォーマンスのための、広大でかつ会場に居合わせた全ての人々が一体感を持てるような、そういう空間として計算尽くされた建築設計があるんだろうと考えてしまいます。それは古代のローマ文明の競技場でもあり、同時に照明や音響等の劇場としての機能も併せもち、そしてそれは現代の最先端の技術であったのでしょうから。

個人の住宅も、それは人類の文明の初めからあって、ある意味変わらない、人の生活の営みを安全に守る空間ですが、時代とともに変容しています。山川設計の基本的な姿勢は、現代的な優れたデザイン性と、人の生活の安全性を基本とした、欠陥なき住宅建築ですね。

デザインセンスは、コストと欠陥の犠牲にはならない?山川設計

夢のマイホーム建築の実現に想いをめぐらす者にとって、それは欠陥住宅なんかではなく安全で永続性のある住宅であることを望むのは、最低限の当たり前の条件でしょう。

でもその上で、やはりセンスのいいデザインの家に住みたいことだって、当然の欲求でありますよね。女性がファッションに関心を持つようにお洒落で、男性でも自分の生き方のポリシーのような飽きない、個性のある住宅を持ちたいという欲求はあると思うのです。

でも、それには当然コストという壁もあることも誰にも理解できることだと思います。ブランド物のバッグのように、良質で個性あるデザインには、それ相応の価格があるものですから。デザインに対して要求することがコストに撥ねかえってくるなら、希望を伝えることさえ自重してしまいます。

我々が払える限られた予算のなかで、どこまでセンスある自分の気に入ったデザインの家を建てられるのか?そういう視点で相談にのってくれるのが山川設計の建築設計に対するコンセプトであり、基本姿勢のようですね。

欠陥のない理想に向かって 山川設計のポリシー

この季節になると冬山の遭難事故の痛ましい報道を聴くことがあります。近年では、中高年の登山者の事故が多いように感じます。

準備不足や、計画そのもの欠陥、無謀性も指摘されたりもしますが、でもその前に、なにもこの寒さ厳しい天候の時期にわざわざそのような危険な場所にまで、到達しようとする人がいるのか?とか、つい余計なお世話かもしれませんが、思ってしまいますけれども。生命の危険を賭けていくわけですから。

天候さえよければ、それはきっとほんとうに素晴らしい自然の景観と、肉体的な疲労を伴っていても得られる達成感とか、経験したものにしか味わえない世界があるから、人を惹きつけるものがあるのでしょう。

周到な準備も計画も必要です。経験を持った人間の判断力も。無謀なことはしない、無理な時は思いとどまる勇気も。

山川設計のポリシーにもほんとうに同じようなことがいえますよね。

登山家がひとつの頂きを目指して登っていくように、住む人の安全で快適で満足できる住宅を目指して、建築設計の地道で確実な一歩一歩を登っていく。困難もありますが、夢に向かっての揺るぎないものであってほしいです。

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