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季節の移り変わりと時代の変遷が求める 欠陥なき住宅建築を目指す山川設計

今日は、昨日から一転して寒いです。予報では、明日以降、雪が降る確立も高いという予報さえあるくらいですから。

こんな日に、仕事でしかも外回りなのはきついですけれど、生来の放浪癖もある私には、アポイントの間の少しの余分の時間、コートの襟を立てながらもブラブラと街を、まだ通ったことのない脇道に曲がって、遠回りをしてみたりします。または、小雨降るような日は、コーヒーショップの窓際の席に着いて、通りを行き交う人々を眺めていたり。街は変わっていきますね。古いものも残っているとしても。

やはりそれは人間の命が老いて、世代交代していくように。自然の時間の大きな流れが新陳代謝をしていくのです。時代に合った、それでいて人の人生にそれぞれの個性があるように、世界の一つの住宅建築であってほしいし、悪徳な人を欺く、見かけだけの欠陥建築なんてとんでもないですから。

個別のデザイン要求に応えてくれて、コスト管理もしてくれる山川設計の姿勢が、まさに今の時代に求められている住宅建築の在りかたです。

ヨーロッパ伝統的建築と景観の調和を感じる

私が嘗て、仕事でヨーロッパに行った時、最初に降りた地はドイツだったのですが、飛行機が空港に滑降していくときに、まず郊外の田園地帯の村落が眼下に入ってきて、その家々の建築の落ち着いた色彩トーンの統一感に驚きました。まるで総合プロデューサーによって演出されたデザイン設計されたように、各家々は、バラバラでもシックな色調で全体に、そして周囲の自然の景観に調和していました。法的な規制、例えば景観条例のようなものもあるのかもしれません。でも人々の暮らしの中に根付いたそのような独特の景観を自然に大事にする意識なくして、新築の建築物にも息づいている伝統性の保持はできないのではないでしょうか。このような環境に育った人は、自然に色彩感覚が身についているのでは、とさえ感じてしまいました。もちろん、日本には日本の良さもあります。古い伝統性も、近代的な高層ビルや、混然としたバイタリティも。でも、なにかそれとは違うヨーロッパの建築風土、人々の感覚の、日本にはない良さなんてものも感じてしまいました。

世界に一つのデザイン性と欠陥なき建築を 山川設計なら

若い時から、旅行は好きでした。それもグループや団体旅行はあまり気がすすまなくて、独りで気ままに足の向くままに放浪するような旅が好きで、余裕があればもっと行きたかったですけれど、まあ貧乏学生だったりしましたから、バイトしてお金溜めると、学期末の休みにですね。北海道から日本中、卒業前にはヨーロッパまでケチケチ旅行もしました。今となってはいい想い出、貴重な体験です。それに学生時代は、独り暮らしのアパートを何回も変えて、引越し魔とまで呼ばれていました(笑)。安い物件ばかり捜すから、住んでみてどう考えても欠陥建築だなんて、アパートも少なくありませんでしたけど、それほど気にならない、寝られりゃいいみたいな放浪者の仮の宿みたいな考え方でしたから。定住性が乏しい性分です。

こんな僕でも、いまや家庭があって子供も二人いますから、そうもいってはいられないのだけど、逆に、返って自分の住みかにはこだわりますね。贅沢でなくても、自分だけの世界に一つしかない空間といいますか。素朴でもデザイン性を重視します。山川設計さんはよく相談に乗ってくれましたから、満足しています。

デザインセンスは、コストと欠陥の犠牲にはならない?山川設計

夢のマイホーム建築の実現に想いをめぐらす者にとって、それは欠陥住宅なんかではなく安全で永続性のある住宅であることを望むのは、最低限の当たり前の条件でしょう。

でもその上で、やはりセンスのいいデザインの家に住みたいことだって、当然の欲求でありますよね。女性がファッションに関心を持つようにお洒落で、男性でも自分の生き方のポリシーのような飽きない、個性のある住宅を持ちたいという欲求はあると思うのです。

でも、それには当然コストという壁もあることも誰にも理解できることだと思います。ブランド物のバッグのように、良質で個性あるデザインには、それ相応の価格があるものですから。デザインに対して要求することがコストに撥ねかえってくるなら、希望を伝えることさえ自重してしまいます。

我々が払える限られた予算のなかで、どこまでセンスある自分の気に入ったデザインの家を建てられるのか?そういう視点で相談にのってくれるのが山川設計の建築設計に対するコンセプトであり、基本姿勢のようですね。

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